『小さなプロジェクト』〜笑顔を繋ごう〜

『小さなプロジェクト』   〜Smile makes smile〜    3.11 巨大地震と津波に翻弄された被災地から 自ら立ち上がるために… 子供たちに 笑顔が生まれるように…

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こういうことって・・・・

今日は 雨が降ったりやんだりの落ち着かない天気。
朝から忙しく業務をしていました。

今まで何度となく触れていた「イベント」が突然 キャンセル

今回 ブログを通してごらんになっていらっしゃるママやパパたち そして保育士さん、幼稚園の先生・・・
このイベントのためにご尽力くださった 

航空自衛隊 松島基地のみなさま
東松島市 福祉課子育て支援班のみなさま
東松島市 教育委員会のみなさま
東松島市立矢本東小学校の先生がた
Pray for Japanのタイのチェンマイのみなさま
愛知県の子供服のデザインをしてくださったFさま
東松島市の10箇所の保育所の保育士さん
東松島市の3箇所の幼稚園の先生がた
こりす雑貨店の作家さんたち

そして・・・
一番謝らなくてはいけないのは・・・

このことを楽しみにしてくれていた
東松島市の年長さんたち 400名くらい
矢本東小学校の5.6年生の子どもたち 200名くらい


被災して親や兄弟、祖父母を亡くしたり 津波を間近で見て 半年過ぎて フラッシュバックに日々耐えている
小さなその心を 私は傷つけてしまうことになったのかもしれない。

ごめんなさい。私に力とお金がなかったからなのかもしれない。

これまでのことをすべてご報告します。

2011年5月 
佐藤弘道おにいさん(体操のおにいさんで有名)の事務所へアクセスし 支援で東松島へ入ってくださるということになりました。

日程の調整をすることとなり 先方のスケジュールを最優先し 11月4日(金)ということに決まりました。
当初から ギャラはなく交通費も出ないことを伝えており それでも いいという返事をもらっていました。

それからは 東松島市の施設の選定に入りましたが ご存じのとおり 津波で町の60%が浸水、崩壊のなかで
しかも まだ 仮設住宅も需要を満たしていないため 各体育館、公民館、市民センター、文化施設に関しては
利用ができない状態。
そんな折 航空自衛隊 松島基地さんのほうで 体育館を借りれないかと交渉。
最終的には 東松島市の公文書で申請し 体育館を使用できる方向となりました。

8月になるころには すでに 場所もおおまかな時間も決まっていました。

このころ すでに準備のためのシート表も私のほうで作成し ポスターの作成も子育て支援のかたがたで
作成が進んでいました。

あとは 音響のことやら 有事の際の避難経路やら 駐車場のことや セキュリティーのことやら いろんなことをクリアして大丈夫だとなったころ。

8月の終わりころ
佐藤弘道さんの事務所から電話。
「交通費もだせないなら派遣できない」という要旨の電話がきました。

最初から交通費もギャラもないと話していたのに どういうことなのか・・・
そこからは 今思えば 本当の話なのかどうかマユツバになるのであるが・・・1か月くらいしたら
「派遣の交通費のめどが立ったので 行けますよ」という知らせがきました。

よし これで 準備万端。
矢本東小学校の先生と連絡をとりながら 子どもたち(ちょうどお母さんと一緒でひろみちおにいさんの世代)のところでどんな話をしてもらおうかとか・・・先生とわくわくしながらお話をしました。
先日 矢本東小学校のほうへ実際にお邪魔して ひろみちさんの歩くであろう経路などまで 打ち合わせをしてきたところでした。

そして・・・明日 そのポスターが東松島市に掲示されることになっていました。
もう 幼稚園にも保育所にも人数確認をして水面下では 進めていました。
名簿の作成なども順次 行い スムーズにバスなどでの移動ができるよう 松島基地の自衛隊員のかたたちも一緒に考えてくださっていました。

同時に タイのチェンマイというところで 募金活動をしている方と繋がり
Nさんが私のこの活動に賛同してくださり 参加するすべての子供たちにTシャツをプレゼントしてくれることになりました。
そして そのTシャツのデザインは 愛知県にお住まいのFさん(子供服のデザイナーさん)まで この活動に賛同してくださり Tシャツのかわいいデザインがつい 先週くらいに決まって はるばるタイから東松島におくられてくるはずになっていました。

みな 子どもたちがそれを着て 親子でスポーツをしている姿を想像しながら とても幸せな気持になっていました。

11月4日のタイムテーブルも完成し 先日は そのタイムテーブルにできるだけ沿った動きができるように
東松島市の福祉課のTさんOさんとお話をさせていただきました。

たくさんの そうした活動を当初から応援してくださったみなさま

何時間もそういう時間が重なり 実現に向けて動いてきてくださったたくさんの方たち。


2011年9月30日

本日 突然 電話で「キャンセル」を伝えられました。



あとから入ってきたギャラの出る方を優先(ブッキングを理由)として さっきまで「行きますよ」なんて言っていたそれを・・・あっという間に覆し 一転 「キャンセルで・・」ってどういうこと???
事務所と弘道さんが いくつかのことでもめていることもあるとかないとか・・・それって?こちらに関係すること?


残念なことに被災地との温度差を感じましたし 私の向こうに沢山の子供たちは 見えていなかったということなんですね。
そんなタレントに振り回されたことそのことそのものが私の甘かったところで 人を信じることの素晴らしさもつらさも知っているけれど このようなケースで 裏切られるようなことがあるとは 夢にも思いませんでした。


どうやら 調べていくうちにそれは 私に限ってではなく ほかに過去にやられている人がいることが発覚。

私よりカチンときてくれた 私の職場のMさんが・・・こんな記事をみつけました。


http://yomi.mobi/read.cgi/human6/human6_uwasa_1157554008

2006年04月07日
皆さんご免なさい
楽しみにしていらした方も多かったと思うんですが、佐藤弘道さんのイベントが無くなりました。
昨年から何度も事務所に電話を掛けているのですが、担当マネージャーから一向に連絡が無く、マネージャー氏の携帯に留守電を残しても返事が返ってこない状態です…
デスク担当の方は伝えておくと言う事を言ってくださっていたのですが、それでも一向に連絡が無く、余りにも失礼な対応なので、これ以上皆さんに迷惑を掛けるわけにも行かない事から中止と言う決断にいたりました。
弘道さんの楽屋に一般の方が入り込んだことを、まだ怒っているのかは分かりませんが、それにしても連絡の1つもよこさないと言うのは、失礼この上なく、昨年のイベントでお支払いした出演料の領収書さえも未だに頂いていない始末です。
皆さんには本当に申し訳ないのですが、このような適当な事務所とはお付き合いを続ける訳に行かないものですから、この様な決断に至った事をどうかご容赦いただきたいと思います。

このブログには、楽しい夢のある話だけを書き込んで行こうと思っていたのですが、今回に関しましてはこのブログを見てくださっている方からの問合せも有った事から、この件について書き込むことにしました。
僕も長く芸能界での仕事をしていますが、このような事務所は始めての事で、僕自身戸惑っているしだいです。
誠に申し訳有りませんでした、皆さんに改めてお詫び申し上げます。




この記事を読んで このかたの気持ちが痛いほどわかり 辛い気持ちです。

ここにきて こうして足元をすくわれるようなことが発生するとは 思わなかったので
本当に申し訳ございません
今後 東松島市における「小さなプロジェクト」に関する活動は この佐藤弘道イベントのドタキャンにより
私自身の 発言の信ぴょう性を欠くことになり、活動そのものを自粛せざるを得ません。

これから 東松島市の保育所や幼稚園には 一部の医薬品を納品することとしており 東松島市の方にも了承をしていただいていた矢先にこのようなことになり 活動をしにくい状況にさせられ まったくもって 「風評被害」であり「実害」を受ける形となりました。

ですが 現在 まだ 一部 心をこめて作成してくださった「雑巾」ロート製薬さんから頂いている「医薬品」「医薬部外品」などの物品など支援するものが残っております。
これは 石巻市、多賀城市の保育所、幼稚園にも支援のお約束をしていたものですので 支援物資としてお届けしていこうと思います。

今日、茨城県の高校から「雑巾」を送ってくださること連絡がありました。
高校生がこうして気をかけてくれること。
それも このプロジェクトのいいところでした。喜んで引き受け そのやさしい心を一緒に被災地に届けたいと思います。


今回の佐藤弘道イベントの件は 深くお詫び申し上げ 私としても反省をし 今後このようなことがないように努め 遅くとも年内をもって この活動を停止させるものとし
それをもって このイベントに関する お詫びの形とさせていただきます。

短い間でしたが いろいろとご尽力いただきましたこと 感謝いたしますとともに
被災地として 皆様の今後が 明るいものになりますよう 祈念いたします。


これから 雑巾を支援してくださる方 どうぞ 10月いっぱいにお持ちください。

人を信じていると こんなことになるときもあるんですね
少しだけ 人間不信になった今日でした。
でも 明日からは気持ちを入れ替えて 今まで以上に しっかりと 被災地の子どもたちを見ていきます。
まだまだ やることはあるので・・・
年内は しっかり やろうと思います。










 
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  1. 2011/09/30(金) 20:45:37|
  2. 東松島イベント2011.11.04
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宮城県本吉響高校へ・・・

今年は台風が多いですね。
宮城県でも先般の15号には やられましたが・・・
それよりも 和歌山や奈良の被害は深刻で 3年前に地震で山が崩れた栗駒の山々を思い出し 映像が私の頭の中でかぶり とても胸が痛くなります。
さっそく 十津川村の役場にもアクセスしておきました。
こちらで持っている 子ども用の物資を 十津川村に提供してもいいということを伝えています

本来はこちらの被災地にいくものでも そこは臨機応変に必要なものを提供していくのが 理想なので きっと このプロジェクトに賛同していただいている方は それもよし!としてくださると思っています。


さて・・・9月27日に東松島市矢本東小学校から大塩地区の仮設住宅へいき また 東松島市の市役所で打ち合わせをして その足で さらに北上し なんと 本吉地区に震災後初めて 行ってきました。

「宮城県本吉響高校」
志津川町(現南三陸町)と気仙沼市に挟まれている町。
沿岸部にいけば 「大谷海岸」「小泉海岸」と三陸のきれいな海水浴場の中でも その景色も素晴らしく
水もきれいで 底がみえるくらいの透明な海で有名。
その町の中でも山間の地区・・・津谷。

細い川の両脇。
スーパーマーケットが壊滅。
川に沿って 家屋が崩壊。1階部分が抜けているまたは 基礎しかない状態。

周りをみると 山しかない・・・
もう一度 周りを見渡す

やはり どう見ても 山・・・

そこに流れる小川のような水位と幅しかないような川
実際流れている川の水の部分は2mない。
川の堤防は 8m~10mあるだろうかという川である

その川は 山間のこの地区から 海に向かって流れている
海から どれくらいあるかな・・・
川を遡ったとして 15kmはゆうにある
たとえ 道を遡ったとしても 10kmはある

そんな細い川に津波が押し寄せると誰が考えただろう  というような山間部。

ここに この高校がある

前置きが長くなったけれど 本吉響高校では 気仙沼向洋高校(津波で学校が全壊)の生徒を授業や部活などで受け入れている。現在も・・・

震災直後から体育館は 遺体安置所になり 本当に本来の学業をする環境になく
校庭は 自衛隊の方たちの臨時駐屯地となり 子どもの営みは消えた

その中で 特に校庭を使用する野球部に関しては 今もシェアせざるをえない
ユニフォームの異なる子供たちが 一緒に練習をしている
かたや 向洋の子供たちには マスコミにも取り上げられ 潤沢に物資も届き 潤ったなか
響の子供たちは学校が津波を被らなかったというだけで 物資はなかなか届かないということもあったようでした
どちらの子供たちも 気仙沼市や本吉町に自宅があり 自宅が津波で崩壊 家族を多い子どもは 7名亡くし自分一人しか残らなかったという子供もいるんですよと 響の小野寺先生。
また 震災関連死というのもいくつかあるようでした。


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そんな 響の野球部の子供たちに ロートさんからプレゼント。
今回 ロートさんでプレス発表した「みちのく未来基金」についてもわかる範囲で 子供たちにお話をしました

前回の 「柴田農林高校」同様
津波被害の子供たちを 受け入れ 自分たちも被災者でありながら 親も兄弟も失っても 精一杯 この激動の期間を走り続ける影の功労者を たたえてきました。

いつか この子供たちが
この宮城県を支える人になってくれるでしょう

この震災の中 練習も満足にできないのに 秋は58年という創立以来の県大会出場を果たしたそうです。


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  1. 2011/09/29(木) 09:41:26|
  2. 日々・・・想うこと
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東松島市 大塩地区 仮設住宅へ・・・

仮設住宅は いくつかあるけれど この大塩地区は比較的みなさん 明るくまた 自主的にいろんな活動に参加され 昨日は 先日 植えられたしょうこちゃんpresentsのプランターから 出てきた芽をきれいに一つ一つに移し ここに住む人たちが持っていきやすいようにと 協力して株わけをしていらっしゃいました。

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前回 しょうこちゃんといくちゃんといったときに会った お花の大好きな素敵なおかあさんに今回も遭遇。
お昼過ぎまで いろんな話をきいてきました。

今 欲しいもの。。。
「毛布」だそうですが・・・ 
世帯の詳細。
学習支援のこと。
子どものおもちゃや本のこと(これは十分に足りているそうです)

回覧板まわしているとか・・・
各地区で偏りが出ないように配慮をして 自治会機能をはたしていることは ほかの仮設住宅ではあまり見られない光景で この2年の間に できるだけ この中で暮らしやすいようにと試行錯誤しながら住民の中で行動を起こしているのが素晴らしいなと感心させられました。

被災地自治体のなかでも東松島市は 非常に風通しのいい環境にあるほう・・
この仮設住宅にも東松島市長自ら来て 住民と話をしたというので それも驚いた。

しょうこちゃんのプランターたち 
みな 元気にしていました。
住民のかたが自分たちで 土を購入したりしながら 笑顔で土を触っていました。

本当に困っているのは 仕事に就くことのできない老人。
特に国民年金での暮らしをしている人たち
これは 相当 大変。


同時に考えていかねばならないことは・・・
支援している団体も 個人も 自分の生活に余裕があるからしているのではなく
余裕はないけれど してあげたい気持ちはたくさんあるということ
私たちにも金銭的な余裕がないから 新しいものを・・・というのはもう 難しいなと思うんですね。

もう 半年を過ぎたから
自分で購入していくということも 収入がある人には 必要なことで
そうじゃない方たちと一概に一緒にできないなと 支援の在り方についても考えさせられました。

私は もとより ちびっこの支援ですが・・・
もう 物品は充足しているような感じがしますから ちびっこ から ちびっこを取り囲む環境を整備したり 心のケアなど 今までとこれからとでは 支援は当然変化していくもの
これからの半年は 心の在り方が大切な時期。
そして 長く寒い冬が また この地を包むときまで 冬を乗り越えるべく 力を蓄えてもらうことができるよう・・・

仮設のみなさんには たくさんの要望があるけれど
それを全部飲み込むことはできないけれど
みなさんに私が提供できることもあるかと思うので 今日から そこのあたり 展開してみますね

メイク教室
カフェ
料理教室
お茶のみ座談会
*必要であれば 会費徴収でいいというお話でしたから 要会費でやりましょう!

これは できそうですよ。

もう少し お待ちくださいね。
 




  1. 2011/09/28(水) 09:07:54|
  2. 日々・・・想うこと
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矢本東小学校へ・・

最近 報告が遅くなってしまって。。。

昨日 9月27日 久し振りに東松島市へ。
まずは 「矢本東小学校」

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メールでのやり取りや電話でのお話はさせていただいていたY先生とお目にかかりました。
11月に少し大がかりなイベントを企画していて そのご協力の依頼にお邪魔させていただいたというわけです。
校庭のほうから 歩いて職員室を目指していると 生活科の授業中(1年か2年生)の男の子が にこにこしながら「こんにちは~」と声をかけてくれました。
私も 一応 授業中なので 遠慮がちに「こんにちは」と返すと また にこにこしながら 先生のもとへ走って行きました

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職員室に通されY先生と イベント当日の打ち合わせ。
イベントの内容は 後日このブログ内で ご紹介できるかと思います
先生方も授業から戻られ 挨拶があちこちから聞こえ また 校長先生や教頭先生(きれいな女性の先生)までお目にかかれました。

そして 写真の「いるか」の話をしました。
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この「いるか」いったいどこからやってきたかというと・・・・
アメリカのカリフォルニアにある サンタバーバラというまちの小学生からあずかったもの。

http://www.sbsdk12.org/schools/elementary/washington.shtml

おとといの深夜 この学校にアクセスして このいるかはどの学年の子供たちが作成してくれたのかとか
津波について知っているかとか・・・いくつか 具体的な質問を投げかけています。
そのことを踏まえて 11月の時点で イベントのときに矢本東小学校の子供たち(5年、6年)にフィードバックできるかと思います。
そのことをY先生も ご了解くださり 簡単に当日 話して また どこにこの「いるか」がいるのかについても
子どもたちなりにALTの先生(イギリスの方のようです)とサンタバーバラの子供たちにお手紙を書いてくれるようです。
英語の教育が小学校でスタートして 数年。
このことが大きく発展しなくとも きっと この子供たちが 英語に興味を持ったり サンタバーバラという町が東松島のこの立地条件と似ていることなど いろんな意味で「きっかけ」になることを願っています。

サンタバーバラ 沿岸部の街で 上記のホームページを見ると 地震対策として避難訓練をしていることや 近隣の学校などとも連携をしていることが書かれています。
そういう意味でも この「いるか」は 小さな国際交流となることでしょう。







  1. 2011/09/28(水) 08:40:48|
  2. 日々・・・想うこと
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子供の未来を支える

9月21日

♪ロート、ロート、ロート・・・ロート製薬~♪のロート製薬さん
♪カルビーの~ポテトチップス♪のカルビーさん
あと カゴメさん

の3つの会社(しかも すべて同じ業種ではない)が共同で 被災した子供たちを支えるために
「みちのく未来基金」を発足させることになったそうです
ロートさんに関しては 役員報酬を一部 返納してそのお金で 少しでも役に立つ被災地支援はないかと
考えてくださって その考えに賛同してくれるカルビーさん、カゴメさんと 3社の共同声明になったとのこと

河北新報 9月22日の2面に掲載されているくらい 
被災地の子供にとって うれしいお話となりました。

「みちのく未来基金」http://michinoku-mirai.org/

ロート製薬株式会社  http://www.rohto.co.jp/

カゴメ株式会社  http://www.kagome.co.jp/

カルビー株式会社  http://www.calbee.co.jp/

私自身もそういう支援に関しては 今までの企業理念をおおきく覆すような気がしますし
つい 売名行為をこんなときですら優先させる企業の多い中 25年にわたって支援をしていく覚悟を決めた
その3社の心意気が すばらしいとただただ 感心させられ・・・
どうして 政治家がそういうことができないのか?
そう思わざるをえない。


こうして 子どもたちが夢をあきらめないで 生きてゆけるチャンスを与えてくれる大人がいることを
知って生きていければ きっと この子供たちが大きくなった時に 同じように助けることが自然にできる素敵な人になっていることを願ってやまない


そして 
「夢」は 自分が捨てない限り 叶う
「夢は君たちを捨てない・・・君たちがあきらめない限り・・・」

そして この震災が 誰もが想像を超え はるかな未来も奪われたように見えるけれど
これは 私たち 生き残った人たちへのメッセージ


過去は変えられないけれど 未来は変えることができる
明日への一歩を 踏み出そう
そんな素敵なことをしてくれる大人たちに甘えよう
そして 自分もまた そういう人になれるよう生きていこう

人生に無駄はないと私はいつも思ってる

私がそうだったように・・・

そして 亡くなった大切な人たちは 永遠に輝く光の筋になって 
君たちを照らしている

乗り越えられない山は 神様は与えないんだよ
だから 笑顔で生きてゆけ!!
子どもたち・・・

http://ceron.jp/url/www.nicovideo.jp/watch/sm15527497











  1. 2011/09/25(日) 23:00:08|
  2. 日々・・・想うこと
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原村へ・・・椅子が生まれた場所へ・・・再会

原村・・・
関東の人たちの別荘地にもなっていたり また 移住者の多いというその地は 山に囲まれ
標高が高いせいで 空気も澄んでいるように思えました。

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そして アトリエDEFさん@原村

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みな社員さんたちは 自分の持ち分をしっかりこなしていて 自分の時間をうまく生み出すように
実に自由でありながらも 時間管理のできる方たち。
そう・・・まるで 北欧の会社のようなそんな印象。

事務所の敷地には 胡桃。

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あおい空が広がる。

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忙しい中 時間を作ってくださった大井社長。
社員のみなさま
建設的な話もしたり 被災地から遠く離れていても 気持ちをかけてくださるかたがいるので
きっと このひとつひとつの出会いが 明日の宮城県を創りだしていくのだと思いたい


八ヶ岳を車窓に見ながらの帰還
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自然と共存というより
やはり 
「人間も自然の一部」であり
いろいろな生き物と同じ自然の一部として 折り合いをつけ お互いを尊重し そして 傷つけないようにして
生きていければいいのだなと あらためて思ったそんなお礼ツアーとなりました。

明日からは また 9月最後の週。
火曜日には また 被災地 東松島市に入ります。
また 時間が許せば 本吉まで行ってまいります








  1. 2011/09/25(日) 22:26:13|
  2. 大工さんPJ
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大工さんPJ~長野県へ~

すっかりご無沙汰してしまいました。
おおかたの椅子や書庫、靴箱が保育所に納品されて その報告も兼ねてまた 作っていただいたかたにお目にかかりたく 長野県へいざ・・・
「積木PJ」で「ECOマルシェ」スタッフとして2度ご一緒してくれた Tさんとともに・・・

上田駅

仙台から大宮経由で上田まで・・・

「大工さんPJ」
これを支援していただき 実現できたのは 「アトリエDEF」さんのお力。

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というより 夢を語ってくれる大井社長のおかげ。
そして それを橋渡ししてくれた 宮城県塩釜市出身の Tちゃん
実家が福島県のNくん

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ふたりで木材を運んでくれたあの日から ずいぶん経ちました
靴箱、書庫、椅子が運ばれてきて なおいっそう 保育所の子供たちの笑顔が増えて
今では津波の被害を受ける前から その椅子も・・・書庫も・・・あったみたいになじんでいます。

これは アトリエDEFさん 本社@上田市。
普通におうちみたいで素敵。
おうちを作る会社だから 普通のおうちみたいな感じの中で打ち合わせとかするのかも・・・

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マキがたくさん積んであります。
マキストーブ活躍するそう。

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自然とともに自然の一部としてここに生きる人間が 上手に 暮らしていくには 人間以外の生き物たちと
バランスをとって生きていくというそういうスタンスで おうちつくりをしている素敵な会社です。

そういう会社の大井社長に「ECOマルシェ」のたびに いろんな話を聞いたりしたり・・・
そんなご縁で この素晴らしい支援をいただきました。

いただいた保育所の先生、こどもたちは みな顔いっぱいの笑顔をみせてくれます

そんなご報告をしに そして それにたずさわってくださったみなさまにひとこと お礼を言いたくて・・・

そして このあと 社長がいる原村へ・・
白樺湖を通過し 1600mの標高から1100mに降りていく道の途中で 野生の鹿の親子が
草をはんでいました

また キツネが横断したり・・・

気温は9度。濃霧の中 秋の気配を感じながらの移動。

八ヶ岳近郊は もう すっかり 秋でした









  1. 2011/09/25(日) 21:49:53|
  2. 大工さんPJ
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台風15号

今朝は風もあまりなく 曇り空の仙台。
県内の在来線は止まっていて 今日も 休校の措置がとられている県内の学校。
少しかぜをひいたような感じ。

今回のニュースでも 特に首都圏では 会社の退社時間を繰り上げたり さまざまな工夫が見られ 地震のときとはまた異なった対応ができていたのは よかったのかなと・・・
海外の人なら もう 朝から出勤しない勢いなんだけど・・・やっぱり 日本人ってまじめだなと感心。

さて それでも 帰宅困難者になった人たちはだいぶいたのだろう。

地震の教訓か・・・
歩いて帰っている人多かったような気がします。

実際は危ないっていうドライバーさんの声が聞こえてきそうだけど・・・
でも 「学んだ」という感じはしました

八街でも話したのですが・・・
日頃からなにかあったときは ここに集まるとか家族で決めておくことが大切であると・・
歩いても帰れるようにしておくこと
その道にどんな構築物があるのかなど 親子で歩いて一緒に考えていくことが大切
もしこのルートがダメだったら・・・
っていうのも同時に考えながら歩くと いつもはバスや電車、地下鉄での移動しかしていないところも
違って見えてくるし とても 新鮮。

まさかの災害は まさかのときにこそやってくるわけだから・・・

今一度
災害時の家族の集合場所を決めたり 歩いて検証してみることをしていただきたい

今日は これから 長野にいってまいります。
  1. 2011/09/22(木) 09:47:34|
  2. 日々・・・想うこと
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柴田洋裁学院 柴田さんにお目にかかりました

昨日 京都にお住まいでいらっしゃる 柴田洋裁学院の柴田美穂子さんにお目にかかれました。

こちらにきてくださり 女川や大崎でのカフェの開催。またその屋台などの寄付など 手厚い支援をいただきました。
柴田洋裁学院さんといえば・・・・

私の推進している「雑巾PJ」の雑巾を 京都から被災地 石巻まで送っていただいたことがあります
これも 私のブログをたまたまご覧いただいていた なーさんのご紹介でご縁を作ることができました。

おかげさまで 5つの石巻の保育所で 使用してもらっております。

大変 助かります。

柴田さんは NHKカルチャーセンターでのご講義のあと 少しお時間を頂戴してお話させていただきました。

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とても素敵な方で 正直 もっと年齢の上のかたかと思っておりましたら 柴田さんのご主人のほうに私が年齢が近く・・・いやいや 一回り以上の差がありました。

お話するとこれがまた とても聡明なかたで この先の日本、東北、被災していない人たちのこと
しっかりしたご判断で自分にとって どうであるのかを考えていらっしゃる。
支援のこと これからの方向性。

支援は自分たちの自己満足に陥ってないのかなど それぞれに考え 検証してすすんでいく姿に
私も考えさせられました。

これからも 女川などに設置された カフェが無駄なく いいように使われるようにと思っています。

ここらへんも 地域で連携し 今後の可能性も含め 活用していけるよう私たちも支援をしていこうと思います。


柴田さん ありがとうございました。
またゆっくりとお話できるよう 今度は京都に伺いたいと思います。





  1. 2011/09/19(月) 16:26:54|
  2. 雑巾PJ
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雑巾が届きました

先週の火曜日にいくちゃんから たくさんの雑巾をいただきました

お友達から送られてきたというたくさんの雑巾。
大きな箱にいっぱい・・・
コピー用紙の箱に さらにいっぱいで3箱も・・・

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我が家の倉庫となった息子の部屋は すでに・・・
ぼちぼち また 来週は支援物資配達にいかねばなりません。

なかなかいけていないのは 少し大きな企画が動こうとしているので まだ 発表できませんが
そのことも並行しているために 支援物資の配達が遅れています。

雑巾は 70%くらいこれで 大丈夫な状態になりつつあります。
ありがとうございます

  1. 2011/09/19(月) 16:06:36|
  2. 雑巾PJ
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深沼海岸への道・・・そして 貞山運河

荒浜の子供たちは 今 宮城野区の東宮城野小学校で 元気に暮らしています
明日 運動会だそうで・・・
天気いいといいな。

深沼橋

荒浜小学校から 徒歩でも3分とかからないところに「深沼橋」があり 貞山運河をそこでまたぐ

貞山運河

まるで なにもなかったかのような顔をしている運河は 震災の前のような静けさを取り戻していました。

橋を渡ったところに また たくさんの民家があったのですが・・・

深沼1

ほとんど 形らしいものはない状態。

深沼7

海のほうを見てみる
立ち入り禁止。
きれいに並んでいた松の木々・・・
だった・・・

深沼5


海に平行に続いていた道

深沼3

津波の威力を思い知らされる・・・再び・・・
看板がその驚異を知ってか知らずか・・・無力さを感じる
鮮明に残る・・・

深沼4


一回り 身体を陸のほうに向ける
海を背にすると より一層 波の音が聞こえる


目を閉じると 松の間を大きな波が 抜けてくるのが見える
白く水煙を上げながら・・・

ふと 緑が広がっているのが見える
あきらかに雑草ではない 広がりを見せるところがある。。。

深沼2

かぼちゃが大きな葉を広げていた。

人がいた・・・そこに・・・
という営みが感じられるような そんな瞬間。

松は 赤く葉を染めていたけれど 松の本来の色ではなくとも
ここで 残った松なりに こうして斜めになりながらも 凛として立つことが
ここで暮らしていた人たちの 励みになるのならと 倒れず その地に立っているように思えた

そんな一日・・・

ふと出会ったおじさん

地震直後 避難した小学校で 40人に10個しかおむすびが来なかったことを話していました。
今だから 現地を見ないとと 奥様を連れて ここにいらしたとおっしゃってました

 


  1. 2011/09/17(土) 23:09:46|
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9月17日の仙台 荒浜~深沼地区の様子

前線の影響で 少し蒸し暑い仙台市内。
連休の影響か・・練馬、札幌、千葉、柏などのナンバープレートが目立ちました。

荒浜小学校・・・
荒浜小学校2

仙台市の沿岸部に位置する小学校の中でも 海まで徒歩の距離であることから 壊滅ぶりは以前からわかっていたものの 2か月ぶりに行ったその地は 緑が濃くなり 少し和らいだような景色・・・それでも 被災車両が山になっているのは 変わらないような気がしました。
荒浜小学校体育館

校舎には 横断幕に荒浜小学校の子供たち、先生たちから 元気でいることのメッセージ
応援ありがとうっていうようなメッセージが・・・

体育館のすぐわきに 小型の船舶。

荒浜小学校の子供たちは 校舎の最上階までいかなくても 碧い海がそこから望めた

小学校界隈には 沢山の民家があり 夏になると 「深沼海水浴場」となり
たくさんの海水浴客で賑わった場所。

一度 子どもが小さい時に連れてきた記憶がある。

ここら辺は 根こそぎ流失していて 無残な状態。

荒浜小学校界隈3

そんな中でも・・・

荒浜小学校界隈2

松葉菊が大輪を咲かせていた。
すっかり 枯れたように見えた榊の木から緑々とした 若い芽が顔をだしていた。

ここのおうちは きっと立派なお庭があったのだろうと考えられ このうちの持ち主は無事だろうかと
頭の中を駆けめぐる


2か月前に 息子と廻った道・・・
今日は 娘と・・・

以前 紹介した コスモのガソリンスタンド・・・
荒浜小学校1

脇にある 山のような がれきは少し目減りしていたような気がします

コスモ2

角度変えると・・・そう 一番は・・・この信号が点灯していることが変化したこと

深沼6

少し・・・前進・・・






  1. 2011/09/17(土) 22:44:34|
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県南へ 行ってきました・・・

昨日は 宮城県の県南・・・大河原町方面。
いつもとは 違って 大きな子供たちへの支援をしてきました。

だからといって いつもの支援をやめたのではなくて・・・

宮城県では 沿岸部の高校が津波による被害が甚大で 且つ 水産高校、農業高校など特殊な学校が その設備のすべてを失いました。
授業は 1か月まるまる遅れ 特に実習科目の多い学校であることから 校舎が使用できる水産、農業の高校まで 学科によってはバスで1時間以上かけて 通って バスの中で授業を1時間して・・・
そんな毎日を過ごしていました。

もちろん それをこなしていた子供たちも大変。
それを 受け入れた学校の子供たちも大変。


こなしていた学校の子供たちは 部活をみな一緒にできるチャンスがなかなかなく 特に個人競技ではないものなどは まとまっての練習もしにくく やはり 借りている学校で部活も間借り。

そんなことから いろんな不都合と闘った学校生活半年でした。


それでも 被災した学校のほうでは マスコミに取り上げられ 支援物資も十分に届き それなりに運営することもできましたが・・・

影の功労者たち・・・
 
そう 受け入れた学校の子供たちもまた 十分な練習もできないまま 試合に臨んだのも事実です。


そんな 高校生の知っている限りの子供たちに 少しだけでも・・・
という 考えにいいね!と言ってくださった ロートさんに支援していただいた物資の中で
一部 お届けしてきました。

柴田農林高校 野球部。
豊かな田園風景に 囲まれた 学校。
グランド


畑


部員 14名 マネージャー 2名
監督さんは 松木先生。まるで お兄さんのような先生。

引退した3年生は 部員 4名  マネージャー 2名。

ここですごいのが 副部長先生は 女性ということ。

引退した3年生 4名。
今は 練習試合のときは 審判をしてくれると監督さん。
マネージャーさん 2名 3年生のお姉さんしかいなかったけれど 今は 2名の女の子が・・・

これまた びっくりで 姉妹。
とてもかわいい女の子。姉妹で マネージャーしてるなんて かわいい。
マネージャーさんが ヘルメット被って マシンの操作をしています。(あぶない~~~)
「でも マネージャーがいないと 部員が少ないのでほんとに何にも出来ないんですよ」と松木先生

「そこでボール投げている子は 荒浜の出身で・・・うちがすっかり流れてしまって ユニフォームもなんにもなくて・・・僕の大学時代のユニフォームとかあったので あげたんですよ 喜んでくれました」
少し照れくさそうにお話を されていました。

道具

この震災のあと 1年生がはいってくれたんですよ。と 嬉しそうにお話され 子供たちと笑顔で話し
みな ひとりひとりが 楽しそうに練習をしている 本来の姿に出会った感じがしました

「来年 1年生 入ってくれるかな~」と先生

野球は お金がかかるから むずかしいかもしれないですね。なんて話をして
子供たちに今回の 経緯をお話しする機会を頂き 話しました。

見えているものだけを 知ることではなく
見えないことも 見ることが大切だから・・・
「見える」じゃなく「見る」こと

見えないみんなの活躍を きちんと見ている人もいるよ。
だから みんなも 見えるものだけじゃない 見る目を持てる そんな大人になって
この震災は みんなの故郷のこれからを考えるいい機会になったんだと そう考えて
これからの 東北の・・・宮城県の・・・農業を始めとする未来を考えてほしいと思います。

ロートさんから 洗顔料と肌ラボ 頂いていたので差し上げましたが・・・
喜んでもらえたようです。
きっと 知らないところで 見てくれている人いるって わかったのではないかな?

この子たちが 大人になったとき
そういう目をもって 物事を多角的にみていける しなやかな考え方のできる人になってもらえるように・・・







 
 
  1. 2011/09/16(金) 12:52:22|
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京都 柴田洋裁学院の柴田さんのイベント ご案内

朝から地震きましたね~

積木PJの積木袋や雑巾PJの雑巾支援をしてくださっている京都 柴田洋裁学院の柴田さんのイベントが 今日から 宮城県で開かれます


ぜひ 足をお運びください

案内が遅くなりました~

京都市立芸術大学の学生さんたちも一緒です


9月16日 穂波の郷http://www.kokoronosato.net/ でてづくりカフェ

9月17日  巻きズボン http://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_677692.html

9月18日 ワンピース http://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_677701.html


9月18日 女川町立女川第一小学校 手作りカフェ
  1. 2011/09/16(金) 07:46:20|
  2. 雑巾PJ
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よろこびっくり・・・

突然ですが・・・

ロート製薬さまより 支援の物資に関して おわけしていただけるものがありました。
1週間くらい前でしたか お話することができまして 現在 支援の内容をご担当者のNさんと打ち合わせをしながら 進めています。

無駄にもらうことのないよう 配慮しながら進めています。

ロート製薬さんは 大阪に本社があり 仙台にはないのですが・・・
この震災後 すぐに「震災復興支援室」を開設するにあたり 社員に希望を募ったところ 55名のかたが
あの状況の中で 手を挙げてくださり、そのなかでも精鋭の方が7名 単身でこちらに来てくださっているそうです。

製薬会社としてやれることがあるのではないか?
大阪は大震災を経験し なにか ノウハウが生きるのではないか?

そして 個々の支援室のかたも 自らまわって 状況を確認しながらひとつひとつ 支援をしてくださっていたそうです。

Nさんからこんなお話・・・

復興支援というものは現地が主役でないといけないと改めて思いました。
民間会社がやっていることはあくまでサポートでないといけないのに、一歩間違えれば主役になってしまう傾向があります。
自立していこうとする地元の縁の下にどれだけなれるか、それがこれからの復興支援に大切なことなんだと思います。
それを意識して、現地の方々に本当に寄添ってお手伝いできる活動にしていかないといけない

支援室のおひとり、おひとりがこのような素晴らしい考え方で取り組まれていることに 私もしっかりと支えていくことができるような 小さな取組を継続していかねばならないと思います


私のような個人に支援をしてくださるのは 大きな会社さんではまずないので そういう意味でも
「よろこびっくり」←ロート製薬さんから・・・

私の支援活動に意義を感じてくださり このようなバックアップをしてくれています。
本当にありがとうございます

今後 支援としては
・保育所・幼稚園の薬の補充。ただし やみくもにばらまかないようにしているので きちんと状況を今 ひとつひとつ確認しています。
・うがい薬
・手洗いようの薬
・保育士・幼稚園教諭への化粧水、コンタクトレンズ洗浄剤などの支援
これも どうしても必要ではないと保育に密接に結びつかないのですが 先生がた コンタクトのかた多いですし
化粧水に関しても 少しでもいい状態を継続できるようにと 支援させていただきます

その他 状況に応じて 支援していただこうと思います。

ロート製薬さんの支援に感謝いたします。(リンクしています)

110913_181556.jpg






  1. 2011/09/13(火) 23:45:11|
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石巻市立石巻保育所へ・・・大工さんPJ 椅子

今週になって 晴れて蒸し暑い日が続いています。
今日は 30度まであがりました。

朝から今日は アトリエDEFさんの支援物資 「一人用椅子」私は 「チビ椅子」と言っています。
その「チビ椅子」を 車に積んで 初めての「石巻保育所」へ・・・

若生所長先生 とても謙虚なかたで 電話でお話したときもどんな素敵な先生だろうと向かいました。

今日はいつもと違って 石巻港ICで降りて 国道45号線を横断し どんどん進むと 右手に工場群が現れます。左手は 門脇地区。
だいぶ がれきが片付いていましたが 崩壊したうちはまだ 無残な姿をさらしています。
110913_121452.jpg


石巻で一番っていっていいくらいの「日本製紙」の工場が見えてくると もうまもなく 日和山へ・・・
石巻では 高台の「石巻保育所」は 定員80名。
そこへ 現在は 113名の子供たちを受け入れ それに伴い 保育士さんも増えています。
保育士さん 31名。

どうしてこんなにいるのかというと・・・
石巻市街地で津波による完全な流失をした保育所は 3つ。
「湊保育所」「渡波保育所」「はまなす保育所」この保育所にいた子供たちをいくつかの保育所と
現在 児童館がこの子供たちを受け入れて なんとか保育をしているということです。

今日 持参した支援物資は こちら

・チビ椅子  16個 (アトリエDEFさん)
・布ボール 大・小  (かざぐるまのみなさん) 
・セパタクロー 5個 (かざぐるまのみなさん) 

いずれも 0歳児~2歳児のお部屋に置かせてもらうことになりました。

2歳児の「ひよこ」組さんで さっそく どんな感じなのか 持っていくと・・・
110913_115834.jpg

とってもぴったり。
先生方からも 好評。
しっかりしていること 杉の匂いがいいことなど とても喜ばれました。
110913_120245.jpg

ひよこ組さんのお友達は ちょうどお昼寝の時間に突入するところでした

そのあと 0歳児のお部屋へ。

もうとにかく かわいい。
ハイハイしてる子。よろよろと歩く子。手を振ると手を振ってくれる。
先生たちは 毎日 戦争。


所長先生 やはり 素敵なかたでした。
先生たちも座ることなく とにかく動いている。

子どもたちの家庭環境は 60%~70%の子供たちの自宅は 流失または半壊などの状態になっていることや
子どもたちが うまく心のあり様を言葉にできない分 たくさん コミュニケーションをとり 今まで以上に会話をして ひとつでも多く 笑ったり お友達と遊んだり・・そんな普通の保育が できるように取り組んできていると伺いました。

この震災で 小さいなりに「命の尊さ」を先生たちが 伝えています

ずっと覚えていないかもしれないけれど 「命」の大切さを伝えていくことは大事だなと思いました。

なんて 書いている今 また 地震です

「保育士ができることは 限られているけれど みな できることを精一杯しているし 子供を取り囲む家族の心のケアも含めて できるだけ 上を向いて0からだけど 歩きだせるように働きかけているんですよ」と
所長先生。

どこの保育所でも 先生たちがお疲れなハズなのに 笑顔を欠かさないこと。

少し前は 抱っこ、おんぶといった光景がよく見られたのに 今は その意味では 落ち着いてきたのかなと感じました。


先生方の努力の賜物。

チビ椅子もおもちゃも 子供たちに使われることで 新しい命を吹き込んでもらえるような
そんな気がしました。



 
  
  1. 2011/09/13(火) 23:25:06|
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水明保育所 運動会に向けて・・・

6か月を過ぎ 様々 考えさせられることがありました。

先日 掲載した石巻市立水明保育所さんに届いた音響の器具。

Fさんが宮城にいらしていたこともあり 水明保育所さんへ 日曜日においでくださったそうです。

土曜日にお電話をさしあげていた話は いくつか前の記事に載せていますが その時に 
子どもたちが Fさんへそれぞれ 絵を描いたり メッセージを書いていたと聞いていました。

子どもたちに物資をもらうたびに 先生たちは どういうひとからもらったものですよ。
大事にしましょうね
と 子どもたちのわかる範囲で きちんと説明をしてくれていました。
子供ですから 忘れちゃうこともあるんですけれど Fさんのことは 少し以前の支援とつながったようです
それで 絵やメッセージを・・・



Fさん・・・
日曜日に水明にいらしてくださり 園庭を見てくださいました。
少し 水の溜まったりしている庭 数メートルで川の堤防
がたぼこの道。
胸を痛めていたと伺いました。

写真やTVでは伝わらないものが そこにあったと思いますし感じてくださいました。

ふと目を凝らすと 
水明保育所の窓一面に 子供たちの書いたメッセージや絵が外に向けて並んでいます。

Fさん ひとつひとつ ご覧になったそうです。
嬉しかったとおっしゃっていました


子どもたちの気持ち 
先生たちの気持ち
少し 伝わってくれたでしょうか?

遠い石巻まで 別のご用務もおありの中 足をお運びくださり ありがとうございました

水明保育所 18日が運動会です。
このままいけば 「晴れ」です

Fさんのくださった物資が 活躍することでしょう。

そこで 園長先生(ほんとは所長先生ですね)から 保護者の方たちにもきちんとお話をしてくださるとのことです。

本当にありがとうございました。

***************************************************

支援について 

私のブログをごらんいただき ありがとうございます。

私の記載の仕方について みなさまに「支援物資」をお願いするにあたり その支援物資の利用の目的や
その物資の必要度などについて記載が不足していたかと思います。

物資提供の裏付けをしっかりと掲載できるよう また 支援先の要請に関して ほかのいくつかの方法を提案するなどしたうえで情報提供をしているところです。

これからも物資の提供に関して 掲載をする場面もあるかと思いますが 支援先の要請にすべて答え 受け入れているのではないことを ご了解ください。

今後も「雑巾」は継続して 行ってまいります。
無理して買ってまで・・・はお断りしております。

支援ですから 支援した側も支援してもらった側も気持ち良く そして 感謝の気持ちで対応していただきたいと思います。

よろしくお願いいたします。

***************************************************

 




  1. 2011/09/13(火) 22:36:15|
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9月11日

4月にスタートしたこの 小さな取組みも 手探りながら 少しはお役に立てているところもあります

半年を迎え 自分の身の周りに起きたこと
まるで 戦争体験のように 身体が憶えていること
忘れることができません

結局のところ 石巻の親戚も 3名の死亡 1名不明の状態で半年が経過しました
生活再建に向けて 頑張っています

実際にその自治体にはいってみて わかることがいっぱいありました
また 自治体に入られている 他の自治体(特に 阪神大震災を経験したかたの話など)のかたの
お話を聞くにつけ この被害の大きさと 相当のミスマッチと時間がかかることを思い知らされたのでした

ターゲットは 0歳から6歳を中心とした 保育所、幼稚園支援になっていますが
もはや そこをクリアするためには 行政のしくみを熟知していないと 難しい点もよく見えました

最初 入ったときに感じたこと

なんでも「もらえるんでしょ?」
という 多くの保護者の声でした
「もらえる」「もらう」ということを 普通と思ってはならないと 「自立」への後押しになるような支援を常に心がけ 
それは 適切か?そうじゃないか?

それを常に考えて進めてきましたが 全体として 若干少ない支援というところで止まっているのは 「自立」を保護者に求めてきたこと そして 保育関係者にも もらうことは「普通ではない」ことも 伝えてきました。
ゆえに お礼のはがきや手紙を書いてくださった保育関係者もいらっしゃいました
どこから 誰から どの物品が届いているか?わかるように すべての物資に連絡先をそえた文書を必ず渡してきました。

この困難の中でも 「感謝」の気持を忘れずにいてほしいと願いました
ボランティアだから 「感謝」されなくてもいいのですが 私という媒体を通して 想いをモノや雑巾に託してくれたかたのことは きちんと伝えていきたいと思ったからです

たくさんのお知恵をいただき それも 現場に随時 バックしてきました
それをもとに 先生方も交渉したり また 現場を管轄する 行政の人たちと毎回 定期的に話し合いをもち
子供たちのために努力をしていたことも知りました


この支援のなかで 保育所の子供たちに話すチャンスがあったときは 
誰かがお菓子を少し我慢してくれたので ○○をおばちゃんに送ってみんなにあげてくださいと言われたので・・・
と お話をしながら そのつど 渡して行きました。

潤沢に物資が入っているところと そうじゃないところは 大きい差があるのです
TVによく登場するところは 物資が潤沢にあり そうじゃないところには さっぱりなんていうのはいくらでもあるのです

私の活動は 小さいからこそ そういう 小さな声に応えていければいいのかなと半年を迎えた今・・・さらに
強く思います。

行政にも提案をいくつかしてきましたし 打ち合わせもしました

保護者の過剰な要望についてお願いもしました
頼めばくれる の方程式がまかり通っていたときもありましたが 先生方の努力で自分の子供のことは自分たちで・・・という方向に変わってきつつあり そういう意味では 健全になってきているといえます

それぞれの保育所の状況を確認し 現存しているところに関しては 物品の共有など融通も図りました
また さらなる防災のこと 減災について地域のかたとの取り組みもしてきた先生方です

石巻では 電気、ガス、水道がまだ 復旧していないところもあります

メンタル面でも 時間軸に逆らわない障害がすでにでており 先日も兵庫からカウンセラー・精神科のかたが
石巻、東松島にはいってくださり 現場を見て 持ち帰り 兵庫としてなにができるのかを震災経験者としての取り組みがなされています
また メンタル面での障害をうけて患者となった人もですが それを取り囲む家族のことも含め 取組が始まっています。

国会でいろんなことが滞り 進まないこと
本当に 「財源」と「権限」を与えてくれるのなら 知事がんばると思うんですよね。

復興財源についても ない中で袖を振らないといけない点
財源確保に 国民のみなさまへのご負担をお願いする結末になるかもしれないこと
実のところ 被災地に住んでる人たちは 申し訳ないと思っているのです
できたら そうじゃない形で やれるといいのにと 思っているのも事実です



これからの「支援」のあり方

私なりのスタンスで「自立」を妨げないような活動をしていこうと思いを強くいたしました

私ひとりでは できないことも99%くらいそうですが・・・
私のように小さな力しかない人が それなら・・・私も参加できると思ってくださり
そのことで 何かをしたいと思っていたことが できて 心が晴れるような想いをできるのなら 
そこで ミスマッチがないのであれば それが 一番かなと思います

差し上げた方も 幸せで
もらった方も 幸せであるような そんな ことをこれからも 続けていけたらと考えています。

同じ時期に立ちあがった多くの団体が すでにその組織自体をなくしていっています
これからの支援の在り方を それぞれが特性を持ち 支援の充実を図れたらいいのかなと思っています。

また これに賛同していただける方が いらっしゃれば 私としてもとても心強く思います。

半年 いろいろとご支援してくださったかたがたに この場を借りて お礼申し上げます。

ありがとうございました

また 新たなスタート・・・・・






 










  1. 2011/09/11(日) 08:32:01|
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水明保育所の音響設備のその後・・・

今朝・・・
石巻市の水明保育所から電話がきました。

なにかあったのかと 心配していましたら・・・

「音響の設備が届いたんですよ。もう それは とてもとても立派でもったいないくらいのものが。。。」
と 園長先生 はずむような声で・・・

「○○さん(私のなまえ)もう ほんとにありがとうございます」
いや 私がどうこうしたのではないので。。。。

どなたからですか?
と聞いてみると・・・

「鹿児島のFさんからです」

やはり Fさんからだった

Fさん 水明保育所のことを案じて 私のブログを見てくれ メッセージをくださっていました。
この音響の件では 同様にいつも 手を差しのべてくださる なーさんも力になってくださったんです
(なーさんは 柴田洋裁学院さんの雑巾の支援のことを教えてくださった方です)

Fさん ありがとうございます


今日 私 先生から連絡先を聞いて 電話してみましたが おいでにならず。。。
どうか このブログ 見ていてくださるとうれしいです
そして 以前 やりとりした メールを開いてくださると嬉しいです。

今日は そういううれしいスタートを切ることができました。



「私たちが考えていたよりはるかに 素晴らしいものを送ってくださって CDやDVDも・・・」
「また 先日 今月の18日に予定している運動会の練習をしたときに もう 使ったんですよ 素晴らしいんです ○○さん 見に来てください」

私も うれしくなり 今度 拝見させてくださいね。
と・・・


Fさん

水明保育所さんに 冷蔵庫2台 エアコンや 子どもたちが喜びそうなお菓子やジュースまで 送ってくれていたんですね。

遠く こんなに 遠くの鹿児島からも 素敵な支援が来ているんです。

財源がなく 減らされている子供たちの保育の経費。
これからの子供たちに 十分な配慮をいただきたい 

そう思わざるをえませんでした


でも
水明の子供たち 先生がきちんと説明してくれ 
Fさんのこと きっときっと わかってくれていますよ

本当にありがとうございます



  1. 2011/09/10(土) 22:38:14|
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震災から 半年を前にして・・・

今朝は 9月のいつもの年のような残暑の一日になりそうな そんな予感がする空気が仙台を覆っています。
そうは言っても 空も高くなり 青く 少しだけ涼しい風も吹いています。

今日、明日は 「定禅寺ストリートジャズフェスティバル」
もう 21回目です。
そうか・・・もう そんなになるんだ。。。

明日で 3.11震災から半年。
9.11アメリカのテロから 10年。

明日のジャズフェスでは 震災のあった2時46分
一斉に 「ラ」の音をそれぞれの楽器で。。。。

「ラ」

なぜ?「ラ」

「ラ」=コード「A」
Aから始めよう。。。要するに 始まりを意味しているのかと思うんですね。

いろんな意味で 始まりを感じる場面があった震災の爪痕

宮城県の震災復興計画の草案も形になってきたようですし。。

大きなことは相変わらずできませんが 小さいことから やっていけば きっと また 素晴らしい宮城県になるんだと思うんです。


昨日 本来の業務のことで 「ウエスティンホテル仙台」の方と打ち合わせをする機会がありました。

3.11当日 数百の人であふれた同ホテル。
仙台駅からすぐの立地条件、37階もある素敵なホテル。
少し 敷居が高いような そんなホテルに あの日 人が溢れた・・・

その時 最高責任者のかたの判断で その帰宅難民を受け入れ ロビーに客室に宴会場にところ構わず 人が溢れかえったそうです

午後4時過ぎ・・・

26階のホテルのラウンジから 津波がキラキラと光って 大地をのみこんでいくのが見えた

雪が降る中 やっとの思いでホテルに入った人たちが目にしたものは・・・
自分たちの街を のみこむ津波だったんです

泣き出す女性・・・
途方に暮れる男性・・・
ほかのホテルで水が落ちてきて とても宿泊できずに 移動してこられたビジネスマン・・・

みな その津波をリアルタイムで見てしまったそうです

それでも その避難している人たちをおよそ3日~4日くらいは ホテルにあるありったけの食材で対応したそうです

パン、コーヒー、紅茶、スープ、そして ローストビーフ・・・・

翌日が休日だったあの日は 婚礼の準備やらで 食材が豊富だったからと 今だから笑って話せると
おっしゃってましたが・・・当日は 相当 大変だったことでしょう。

あの日 唯一 電気が通電していたビル。
自家発電の機能をフルに使い なんとか 避難していた人に緊急の対応をしたホテル。

素晴らしいなと。。。



こういうときの一瞬の判断って 大事だなとつくづく思うのでした。



それからは 「世界一 安全なホテル」という評判。

そんな話も聞きながら あぁ もう 半年になるんだなと・・・

私がしてきている このプロジェクトも これから先 どんなふうに支援活動をしていけるのか
より一層 考えて進んでいかねばならないと。。。


被災した人も
そうじゃないひとも

みんなが どうしたら快適な生活ができるのか?

どうしたら 子どもたちを守ってあげられるのか?

それぞれが できることを 今も これからも・・・・

  
  1. 2011/09/10(土) 09:47:48|
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おばあちゃまが・・・・

しばらく いろんなことがあり 対応に追われていました。
更新がおろそかになってしまいました。
素敵なことが あって・・・
素敵なことに 溢れていて・・・
掲載を 順次していこうと思います。

雑巾

この雑巾は 自宅のあった石巻で3月11日に津波の被害を受け もうそこには住むことができなくて
現在は仙台にお住まいの 80歳を超えるおばあちゃまが ひと針 ひと針 子どもたちのためにと縫ってくださいました。

全部で 43枚。大きなサイズも 9枚ありました。

てんきちさんというお友達が 縫ったのも含めてですが・・・
本当にありがたいですね。

ご自分が被災され 高年齢にもかかわらず 新しい暮らしを余儀なくされ それでも 毎日の生きがいになると
縫ってくださったことが うれしく この想いは被災地のその雑巾を使うひとにきっと 伝わると確信しています。
そういうお話をしながら きちんと渡してきます。



ありがとうございました。

こうして 私が一番 力をもらっているのかもしれません。

雑巾PJ まだまだ 続行中。
急がない、自分のペースで のんびり それで 少し役に立つこと
そんな支援は 自然と笑顔になります。

  1. 2011/09/08(木) 18:04:22|
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八街からの支援物資

先週 お世話になった八街市の「絆」グループさんからの支援物資と雑巾が到着しました。

本当にいろいろお世話になったのに また 支援物資を送ってくださって ありがとうございます。
これは たくさんではないので 仮設住宅のみなさんに配布できるようにしたいと思います。

支援物資0902

なんとか いろんな物資をミスマッチなくお渡しできるようにと思っています。

この物資は 克曲さんからの物資も含まれており 先日のあのCDの彼です。

http://profile.ameba.jp/katsuki-take1/

ありがとうございます。



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  1. 2011/09/05(月) 18:14:25|
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石巻水明保育所~その後~

石巻なう でも書きましたが相当 降っていました。
もう 街中が冠水。
石巻駅にいけばいくほど おそらくひどいだろうと思います。

晴れているとあまり気にならなかった 道の傾斜・・・
今回 こんなどしゃぶりの中 行ったことで はじめて 津波の被害にとどまらず 地盤沈下の現実を見せられたような形です。
そう・・・車のタイヤは半分くらいゆうに埋まる。
だから 信号待ちなんかで止まったら ソク アウトでしょう。

あぶないあぶない。。。。

というわけで 石巻市水明保育所へ 行ってきました。
見てください・・・小ぶりになってから撮りました。
これでも土を入れた状態。
まだまだ ひどいです。

110901_115640.jpg

で 写真に撮るのを忘れました。
だって 雨がすごくて。。。。すみません。

支援したのは・・・
・じゃがいも  1箱(八街市「絆」グループさんから)
・お米  30kg(仙台市立南小泉中学校さんから)
・布ボール 大(手作りサークル「かざぐるま」さんから) 
・布ボール 小(手作りサークル「かざぐるま」さんから)  
・セパタクロー(手作りサークル「かざぐるま」さんから) 
・木製おもちゃ(さゆりさんから)

水明保育所といえば・・・・・アトリエDEFさんからの支援物資。
以前 靴箱を・・・・

110901_115442.jpg


さらに・・・・本棚を・・・・
110901_115514.jpg

ほら~ 活躍してますよ。
大喜びで ほかの保育所さんからもほしいといわれてしまうくらい。。。。

そして・・・
私って駄目だな~と思うのが 今日も 水明保育所さんで お昼ごはんをいただいてしまいました。
園長先生はじめ みなさま すみません。。。。。
こんな お給食です。

110901_120013.jpg


目の前が 北上川なのですが 堤防で川面は見えません。

「どれくらい水位が上昇しているかがわからないので あとで 少し見てこないと・・・」と園長先生。

今 ほしいのは音響関係らしく 運動会で使用したいと話しておられました。
どなたか中古でも使えるようなポータブルなもの あったらご連絡いただけますと幸いです。

いつ行っても 先生たちが笑顔。。。
今日 年長さんの ぱんだぐみさんのお友達のお部屋に行ったら 担任の先生が先日の支援物資の長椅子(これもアトリエDEFさんの支援)に合うようにと かわいい レンジ台をダンボール箱で作ってくれていました。
写真とるの忘れた。。。。

今度 紹介できるといいかな。。。

そして 震災前からずっと・・毎月一回必ず 避難訓練をしているとおっしゃっていた先生。
今月も暑いけれどしましたよ。。。と。
防災頭巾を被って 一生懸命 避難場所まで子供たちは歩いたそうです。
時折 頭巾がまわってしまっても 自分でちゃんと直して 一生懸命に歩いたそうです。
「あのときの怖さとか 忘れてないんでしょうね」と園長先生。

どの子どもも あの3月11日ですら 泣き出す子供もいないまま 道なき道を先生と一緒に歩き 避難した子供たち。

避難経路は いくつか 検討していて それでも 予想のできない事態になるかもしれないからと 先生たちは日ごろから 念入りに周りに建っている建物に注目しながら過ごしている。
子どもたちを ひとりとして失うことなく 安全に誘導できたことは 日頃からの訓練の賜物。

9月1日  今日は 「関東大震災」のあった日。
「防災の日」

今一度 家族で 話をしてほしい一日。
歩いて帰ってくるとき どんな障害物があるのか?
何通りの経路があるのか?
自分の足で 子どもと一緒に歩いてください。

私もかつて 子供が小学生だったときは 必ず一緒に歩いて家まで帰るということをしてきました。
子供が バスに乗って通学していたため 歩くということが とても大切だったのです。

この震災の年です。。
どうか ひとりでも犠牲を少なくするために また 防災の意識を高めるために してもらいたいと思います。


 









      
  1. 2011/09/01(木) 16:35:07|
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さゆりさんからもらった支援物資

石巻から戻ってまいりました。
石巻は 土砂降りでした。
貞山運河は 土色に濁って水位が上がっていました。
ここがあふれたというのだから相当な恐怖だったんだとあらためて 背筋の凍る思いです。

先週の木曜日だったか・・・
お友達のさゆりさんから 支援物資をもらいました。
今日も一部 石巻に納めてきましたが こんなにたくさん。
木のおもちゃは やはり 温かく感じます。ぬくもりがあるというか・・・



前にもらっておきながら なかなかアップできずにごめんなさい。

今日 ちゃんと一部を水明保育所に置いてきました。

ありがとうございます。

今 物資でほしいものは だいぶ落ち着いてきたようです
ぼちぼち 先日も書いたように 支援の在り方を再構築してく時期にきているように思います

やみくもにモノを差し上げるだけでない支援というのは どんなものか?
もう一度 震災前のことを思い出して・・・


親として 子供を守る大人として どんな対応が求められているのか?
より一層 考えをめぐらせなければならないときです

帰り道に 仙台市若林区の荒井地区のかたたちがお住まいであろう仮設住宅のまえを通りましたら
たくさんのプランターに色とりどりの花が咲き誇っていました。
つい季節を感じている暇もなく 慌ただしい時間を6か月弱 過ごしてきましたから・・・
花に目を配り 愛でて ゆっくりとした時間を敢えて持とうとすることの大切さを 花や木から学ぶのだとこの頃は感じています。

未来を生きる子供たちが いろんな色の自分の花を咲かせることができるように 
大人たちの生き方が問われているのだと 思います。



P.S・・・今月よりPCでもアップすることができるようになりました。
とうとう うちでネットをすることに・・・
  1. 2011/09/01(木) 16:04:16|
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石巻なう

冠水してます 道…


車が動きだすと…歩行者 水をかぶりまくり自転車のおばちゃんも 頭からかぶってます

交差点は さらにひどく プールの中のよう…
  1. 2011/09/01(木) 12:43:08|
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