『小さなプロジェクト』〜笑顔を繋ごう〜

『小さなプロジェクト』   〜Smile makes smile〜    3.11 巨大地震と津波に翻弄された被災地から 自ら立ち上がるために… 子供たちに 笑顔が生まれるように…

ご報告いろいろ・・・2016年12月

随分とアップしていませんでした。
熊本地震のあともいろいろ 地元 宮城県の子供たちへもお届けしたり 訪問したりとあったのですけれど
もう なんでしょうか・・・
20年介護した義父が94歳で大往生し 最後の6ヶ月は車椅子生活でした。

そんなこんなでいろんな嬉しいこともあったのにかけないまま。。。
これじゃいけませんね。

熊本地震のあと
母のように慕っていたおばが急逝。
義父の妹になる人だったのですが すい臓がん。
ほんとに熊本地震の直後でした
おばの住む仙台にはおばたちの子供はいないため 私たち夫婦がいろいろと葬儀やらの段取りをして
本当に大切な人を亡くしました
そのころ 兄である義父は妹のなくなったことも理解できないまま 過ごしていました。
悲しいという気持ちだけが 義父の心に沈むようなことがあったら きっと辛いのではないだろうかと思ってみたりして・・・

そのころに大郷町の「樹の下」さんでの支援グッズの収集。
そして 発送。
仕事の合間をぬって 石巻へといく5月
同様に5月 カナダからの研究者のおじいさんの奥様を松島へ案内。

6月は多賀城市天真小学校でのトンおじさんのパネルシアターを実施。
たくさんの子供たちが防災意識をもってくれました。

熊本の御船の子供たちは元気にしているか?
先生たちは大丈夫か?

7月になり あたりはあっという間に夏の気配。
留学生が毎月加わるような状態で忙殺される日々。

8月になると義父が少しずつ弱ってきているのがわかる
それでもカキ氷のメロン味を美味しそうに食べ その後の舌の色がみどりになっていて
大笑いし 兄と一緒にビデオを撮影する
デビルマンになった義父がおかしくて。。。

9月になると一層 意識が朦朧とするときが続く。
熱を出すことが多くなった。
風呂にもとうとう寝たまま入るようになってしまった。
それでもほがらかに話して眠くなることが多くなり 最後に話したときからたった2日後・・・
最後まで私を認識してくれている中で 義父はその命を使い果たした
懸命に生きた生涯だったと思う。
沢山 たいへんなことはあったけれど たくさん 笑った。
笑いにしていた。という感じかもしれない
義父の大往生を祝ったようなそんな明るい雰囲気の葬儀となった。
「じいちゃんを盛大に送る委員会」を孫たち結成で・・・

10月になっても寺のこと、役所のこと・・・・
そんな折に夫も手術入院などをし 11月には納骨など・・・
あっという間に12月がやってきたのでした。

今まで関わってくれた小松工業高校の卒業生の女の子は なんと 航空自衛隊に入り
この4月から訓練を受け 配属になったのが 「松島基地」というんだから これも縁を感じずにはいられないなと
つくづく思う。

彼女が多くの研修を終えたとき 一緒に南三陸へ行こうと話をしているところです。

年明けに やること 
石巻へお届けものがあること
熊本への支援をすること

来年も少しだけど やれることをやっていきます。

今年もみなさん ありがとう。
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  1. 2016/12/26(月) 13:54:22|
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