『小さなプロジェクト』〜笑顔を繋ごう〜

『小さなプロジェクト』   〜Smile makes smile〜    3.11 巨大地震と津波に翻弄された被災地から 自ら立ち上がるために… 子供たちに 笑顔が生まれるように…

南三陸町へ 震災後 初めて・・・

東松島の仮設住宅のかたとさよならしてから・・・
南三陸町へ急いだ。

南三陸町は 町のほとんどが壊滅した。

佐藤町長は たびたびメディアにも登場した方であるけれど 本当にあの悲惨な状況のなか 指揮官としての
責務を今も 遂行している
仙台商業高校で野球部 甲子園へ出場したというような輝かしい経験の持ち主。
あの震災で 頑張れたのは 野球部のときの折れない心が今の自分を支えていると新聞に書いてあったのを思い出して 三陸道の終点から右におれた

ずいぶん 山のほうに来たな~というようなくらいの山道が続く・・・
脇を沢が流れているのが感じられ
木々が覆い 対面通行の道が 山道独特の蛇行を続ける

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山間から見える景色・・・
青い空・・・
少し気温が上がった昼間だからか 秋を惜しむようなきれいな空がひろがっている

急に そんな山間のみちの景色が一変した

私の頭の中では まだ すっかり 山の中で 景色も山の中。
川が大きいわけでもない。
ガードレールが湾曲している

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明らかに これは 津波が襲った痕だとわかる

車を運転しながら 泣いてしまった。
泣きながら運転した。
志津川の海はまだ 見えない。

しばらく行くと 仮設のようなプレハブのコンビニが見えた
立ち寄る・・・

周りはコンクリートの基礎の部分だけがのこっていて もはや 何も生活のかけらを探すことができない状態。

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写真右上に 志津川中学校が見える
相当 上にある。
脇の階段を登れば 助かったのかもしれないけれど・・・
すごい勾配で登れそうにない。

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木々が茶色になっている・・・杉だな

ちょうど 茶色になっている部分まで 水がきたことを物語っていた

コンビニのトイレは仮設トイレ。

保育所はどこにあるのか聞いてみた。
アポはとってないけど 行ってみようと・・・

がれきのなかの道なき道を進むだけ・・・
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進んでいくと 山の上に「志津川保育所」が建っていた
定員 120名  現在 112名
保育士さんは 23名
「戸倉保育所」「荒砥保育園」の子供たちも一緒だそう・・

「一時は町外に避難していたけれど 今は少し戻ってきています。でも 働くところがないから
また 子どもたちは外に流失していくのかなと思うんですよ」と これからのことを危惧されていました。

佐藤所長先生のお話を聞いてきた
0歳から6歳までの子供たちを預かっているんです。と。
5クラス。
6月10日から 保育を開始したそうなんです。

先生ご自身も 被災され 避難所から仕事にいらしていたと・・・
いまは登米にお住まいとのことですが 
「毎日 この風景を見ながら 泣きながら通勤していました」と おっしゃってました。
私なんて 2度目の志津川だけど 泣いたもの。

子どもたちの元気な声が響いて お迎えのお母様たちの明るい声も聞こえた。

先生たちは 疲れているのだろうけれど 明るくふるまう。
子どもたちから力をもらいながら進む「先生」という仕事。

先生たちには「肌ラボ」
そして さゆりさんから頂いていた「ジュース」を置いてきました。

子どもたちは この山の上で 毎日過ごす。
この風景の中で・・・・

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今度は 先生たちにも そして 先生からお伺いした物資を
お持ちしたいと思います。今度は アポとりますね。

さぁ これから 石巻へ・・・・







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  1. 2011/10/21(金) 23:46:32|
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