『小さなプロジェクト』〜笑顔を繋ごう〜

『小さなプロジェクト』   〜Smile makes smile〜    3.11 巨大地震と津波に翻弄された被災地から 自ら立ち上がるために… 子供たちに 笑顔が生まれるように…

石巻市立桃生新田保育所へ・・・

 桃生新田保育所

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初めて岡田所長先生にお目にかかることができました。
こちらへも雑巾、コピー用紙など一式 差し上げてきました。

震災の年は 荻浜保育所(牡鹿半島の付け根くらいのところで甚大な被害が出た地域)へ勤務していたそうです。
現在 その荻浜保育所はもはや建物の形跡すら見つけられないほどの荒れよう。
そこに町があったことすら思い出せないほどの状況で 荻浜保育所は被災後からずっと 東浜小学校の一角を借りての保育を余儀なくされています。

さて 岡田所長先生が当時のことをお話してくださったのですが 先生の心の中はどうだろうかとこちらが心配になるほど。

その日は 所長がたまたま不在の日で被災し 子供たちと指定の避難場所を目指すはずだったのを
10メートルの津波が来るということを聞かされていたため 荻浜支所(石巻の市役所の出張所のようなところ)への避難を決断。
2階建ての建物の2階に全員で避難したそうです。

度重なる余震で何度も津波が押し寄せてきて 地区の家屋が津波で動き始め 建物同士がぶつかり始めたのです。

とうとう 避難している支所にも大きな建物がぶつかりそうになってきました。

水かさも増えてきています・・・
「どうしよう。。。このままじゃ ここも水につかってしまう」
支所に避難しているひともここからまた別のところへ避難しないといけないという判断をして
波が引いているときに動けるひとから順次 2次避難を開始。
外は 雪が降り少し暗くなってきました。
今度は2階からさらに山側の場所へ避難するため地区の人たちと協力して子供たちを安全な場所へ移動させることに。

いよいよというとき・・・
さらに雪が激しくなり 2階から降りる手段もなくなり 1階は完全に水没している。
屋上に上がるもどうしたらいいだろうと考えあぐねていると 山側にいるひとたちから声がかかる。

「こどもを投げろ~」

こどもを投げるなんてできない。万が一のことがあったら。。。
支所にあった荷縄で先生たちは子供をひとりづつ 自分の身体に結わいつけて 古いハシゴで降りて 子供たちを
そこにいた人たちに任せ 避難させる作業が続いた。
それだって 津波が引いているわずかな時間内に 何度も繰り返しひとりづつ子供たちを運んだそうです。

だれひとりとしてこどもたちは泣き出すこともなく 真っ暗になった中で親ともあえないまま・・・

荻浜から鮎川方面に行く途中いくつものトンネルがあるけれど 崩落していて 瓦礫が多く 車で通ることもできない。
地元の男のひとたちが土砂を人力で取り除いたりして懸命に道を作ろうとしてくれていたそうです。

子供たちと一緒に避難した先生がた
なかなか報道にものらなかったせいで 救助が来ない中 誰一人として泣かず 誰一人としてお腹が空いたといわずに
先生がたと数日を共にしたのです。
ひとり・・・また ひとり・・・親がお迎えに来て(親も必死に自力で山を越えてきてるのです)

そんな中 一番という印象に残った出来事をお話してくれました。

3歳の男の子がずっと残っていて なかなか親がお迎えにきてくれません
むしろ親も無事なのかもわからない状況の中。
3日間が経過していました。
そこに お父さんが命からがら お迎えに来てくれました。
ようやく お父さんを見つけたそのとき・・・
いままで 3日間も泣く事もなくすごしてきたその子が・・・

「死んだとおもった~」

と大きい声で叫びながら 泣いてお父さんのところに走っていき抱きしめられたそうです。

3歳の子供がですよ。
この話を聞きながら涙が溢れました
3歳の男の子の心の中はどんなふうだったのでしょう。
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  1. 2016/04/24(日) 13:54:15|
  2. 雑巾PJ
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